父の死去

2月下旬に父が亡くなりました。

享年85歳。

 

長らく認知症を患っており、3年あまり病院に入院してもらっていました。

 

ここ2年ぐらいは、食事量も少しずつ減り、歩行が困難になり車いすの生活に。

筋肉質で恰幅もよかった体型は、骨と皮だけといった様相になっておりました。

 

2014年を元気に迎えていた矢先、3連続の肺炎を患い、帰らぬ人となりました。

 

死因:重症肺炎

葬儀がひと段落した折に、お礼もかねて主治医とお話したのですが、最後は

肺炎が抗生剤でも抑えられなくなり、両肺の3分の1以下しか機能していなかったとの

事でした。酸素濃度もかなりあげていただいていましたが、焼け石に水といった

ようでした。

 

最後の三年は、複合型アルツハイマーであった為、ほとんど会話も成立して

おりませんでしたが、毎週見舞いに行くとなんとも言えない笑顔を見せてくれて

いたことが記憶に残っています。

表向きは、誰かも認識はしていなかったと思いますが、心ではわかってくれて

いたと信じております。

 

内孫ができた時の喜び様や孫と戯れていた時の笑顔。

 

子として厳しく怖い父しか知らなかった私ですが、本当は心優しく笑顔が

似合う人だったんだと改めて感じさせられています。

 

また、あまり男同士の会話もなかった親子ですが、無口ながらやさしく見守って

くれていたことが今更のように思い知らせれている今日のこの頃です。

 

もっと酒など飲み交わしながら男の話をしていたらなぁ。。

まぁ、親子そろって下戸なんですが。

お通夜と告別式で述べ500名の弔問を頂きました。

 

今更のように父の人生での功績に改めて驚かされています。

 

身近な父であるが故に、当たり前のように思っていた偉大さが亡くなって初めて

痛感した次第です。

 

私に同じような徳はあるんだろうか・・・・と。

 

父は苦労人でした。仕事では一生涯現場を貫き、慕ってくれる方は大勢いましたが、

公には上役になることもありませんでした。

果たして、上役になることを望んでいたかどうかは今となってはわかりませんが。

 

ただ、地域や趣味の世界では、神輿になることが多く、どうしても目立っていたことを

記憶しております。

 

今頃、戦争で亡くなった叔父(父の兄)と昔話をしていることと思います。

 

ん~。湿っぽい。

 

二言。お疲れ様でした。有難うございました。

 

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